嵐山渡月橋の紅葉(京都市右京区)

嵐山渡月橋の紅葉(あらしやま)

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嵐山(あらしやま)
 嵐山は国内外から多くの観光客が集まる天下の名勝で、国史跡、国名勝に指定されています。

 この辺り一帯が嵐山と呼ばれていますが、渡月橋の西南西には標高がわずか382メートルの山としての嵐山もあり、丹波山地から南に連なる山の一部で松の緑に覆われています。大堰川に落とす緑の山肌が春は桜、秋には赤い紅葉を織り混ぜる美しい光景を見せてくれます。

渡月橋(とげつきょう)
 名勝嵐山の美景スポットの渡月橋は全長154.4m、幅11mの橋で、橋の下を大堰川(桂川)の清流が西から東へと流れています。現在の渡月橋は昭和9年に架けられた鉄筋コンクリートの橋ですが、嵐山の景観に調和するように木製の桁隠しを用いるなどの工夫が施されています。

 この渡月橋を境に上流を大堰川または保津川、下流を桂川と呼ばれることもあり、京都府の亀岡盆地では丹波山地から流れ下る保津川の水流で大きな洪水を繰り返していました。

 承和3年(836、平安時代初期)に空海の弟子の道昌僧正大堰川を修築した折に、現代の渡月橋より200mほど上流に橋を架けたのが渡月橋の始まりと伝えられていますが、橋の南に建つ寺院の法輪寺から「法輪寺橋」、あるいは桂川の下流の地名から葛野橋とも呼ばれていました。朱丹に塗られは美しい橋は天龍寺十景の一つにも数えられていました。法輪寺は十三詣りで知られるお寺です。

 この橋が「渡月橋」と呼ばれるようになったのは、鎌倉時代に亀山上皇がこの橋を「くまなき月の渡るに似る」と表現したことが由縁です。

 渡月橋はその後の江戸時代初期に、角倉了以(すみのくらりょうい)が現在の位置に架け替えました。
 角倉了以(1554~1614)は、京都の豪商ですが、京都の大堰川、高瀬川を私財を投じて開削し、保津川水運の発展にも貢献しました。角倉了以の墓は嵯峨野の二尊院にあります。

●嵐山の桜の写真は嵐山 桜をクリックしてご覧ください。

嵐山渡月橋へのバス
●市バス、京都バス「嵐山」下車すぐ
 いずれも京都駅前や市中心部からの便があります。
嵐山への電車
●JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」下車徒歩約15分、
 嵯峨嵐山駅は京都駅から快速で約15分。
●嵐電(京福電鉄嵐山線)「嵐山」下車徒歩数分
●阪急電車嵐山線「嵐山」下車、徒歩約5分